ご挨拶

中村さん寿司提供

私は小樽で生まれ、小樽で育ち、
幼少より現社長である父に寿司を学び、
寿司とは切っても切れない人生を歩んで参りました。

そして、2010年、父子の念願である『銀座進出』、
2011年、東京2店舗目となる『新宿店開店』を果たすことができました。

これも一重に、ご縁をいただいた方々、
政寿司を支えてくれた諸先輩方、
そしてなによりお客様のおかげでございます。

私の使命は、私を育ててくれた小樽を、
より多くのお客様においしいお寿司を提供することです。

私が好きな小樽を表現するからこそ、
『愛のある心を込めたおもてなし』ができると自負しております。

ぜひ、私が生まれ育った小樽の味をご賞味ください。

PROFILE 中村考志

役職: 常務取締役 関東統括
出身・誕生: 北海道小樽市・昭和53年10月24日生まれ
職人歴: 13年(小学校より店を手伝う)
成績: 寿司の世界大会『SUSHI AWARD2008』日本代表
北全調主催『2007年度北海道寿司技術大会』最優秀賞
2006年、2007年小樽桜まつり寿司技術コンクール二連続優勝
経歴: 2010年 おたる政寿司を東京(銀座・新宿)に進出させる。
2015年 小樽の観光大使に任命
目指すところ: おたる政寿司を世界に広め、多くの人びとに喜びと感動を与える。
座右の銘: 『本物はつづく、つづけると本物になる。』
PROFILE 加瀬徹矢
海の近くで育ち、幼いころから魚が大好きでした。
実家の食卓にはいつも魚料理が並んでいたので、魚を扱う仕事がしたいと子ども心に思うようになり、職人に憧れ、寿司職人を目指すために2012年に入社しました。
東京で食材は季節によって変化します。すべてを知識としてお伝えするのは難しいので、カウンターに座った時は、好みやどんなものが食べたいかを伝えて私たち板前にまかせてください。
美味しいものが、必ず味わえます。

副店長加瀬

PROFILE 萩原英哉
新宿のタカシマヤタイムズスクエアで小樽を堪能することができます。
食材はもちろん北海道の本店より直送し、熟練の板前が一手間加えて、ご提供させていただきます。
店内は、トンボ玉など小樽にいるような雰囲気を漂わせ、
カウンター席やカップルやご家族、ご友人で楽しめるようテーブル席、個室席も設けております。
 
 

萩原英哉

小樽の寿司とおたる政寿司の歴史

おたる政寿司の歴史

長い歴史と伝統の中で人々に愛されてきた「おたる政寿司」。
今年77年目を迎える店の辿ってきた変遷を振り返り、
現在まで脈々と続くその匠の技と志を改めて見つめなおします。

昭和23年頃
終戦後、妙見川河畔での屋台営業を経て、現在の場所・花園1丁目1番地にて店舗営業を再開。
昭和54年頃
この頃、メニューを掲げて価格も明確に表示する大衆路線へと舵を切った。
ぜん庵外観
4月26日、小樽市色内1丁目に「ぜん庵」オープン。
ファサード:①渡り廊下4
3月15日に念願の東京銀座におたる政寿司をオープン。
昭和43年頃
経営が軌道に乗り、一時代が過ぎた。現社長・全博が入社するのはこれより5年後のことである。
平成7年頃
小樽の街は寿司屋通りから発したすしブーム到来で活気づいていた。この年の12月、5階建ての本店を新築。
本店:平成18年①
この翌年、常務取締役の圭助が「北海道すし技術コンクール」で金賞受賞。代替わりの節目でもあった時期だ。
新宿:外観
9月10日に新宿タカシマヤにおたる政寿司新宿店をオープン。

寿司のまち小樽の歴史

昭和62年 開催

寿司のまちとして名高い小樽ですが、その名が全国的に知られるようになったのは約25年前のことです。北海道の経済・金融の礎を築いた港町として、小樽では古くから寿司屋の文化は根付いていましたが、まだ観光客はそれほど多くはありませんでした。

その頃、中村全博(代表取締役)が、本州のある港町で魚たちに感謝するための「感謝塔」を建立してお参りしたらマグロの大群が押し寄せてきたエピソードを聞きつけました。そこで、小樽にもかつてのようにニシンが戻ることを願い、4軒の寿司屋仲間(日本橋、寿司・和食しかま、おたる大和家、町の本店)に声を掛けて1987年7月に魚供養感謝祭を開きました。

その後、小樽寿司屋通りは全国ネットのテレビなどで取り上げられ、小樽は一躍有名スポットに。こうして現在、小樽のまちにはおよそ130の寿司屋が軒を連ね、遠く海外からも観光客が数多く訪れます。

昭和62年 誕生
「魚供養感謝際」に参加された寿司屋さんたちがとても感動され、「感謝祭は、われわれ寿司屋が商売する以前の問題としてやらなければならない」「われわれの手で今後も続けていこうじゃないか」と話がまとまり、その年の10月4日、「おたる寿司屋通り会」を発足。
おたる寿司屋通り会の行事としては、魚供養感謝祭を催すだけでなく、「自分達の親父さん達が作り上げた小樽の寿司を全国に広めていこう」ということになった。
平成11年
魚供養感謝際が始まってから早いもので平成10年で11回。
これまでは市長さんと商工会議所会頭、あるいは観光協会の会長といった名士の方たちを会場のホテルにお招きして、寿司屋通りの業者が中心になって実行してきた。
それを平成11年からは、小樽市民が中心になる感謝祭にしたいと考え祭りに来られた市民千人に千円の「感謝札」を配って、寿司を味わっていただく。
このようにして、祭り自体をゆくゆくは小樽の市民祭りにまで発展させたいと思っている。その為にも、魚に感謝する魚供養塔を建てる運動を目下、精力的に進めて行きたい。

北海道からの自社空輸

小樽に行かないと食べることが出来ない「地産食材」がもしも
「同じ鮮度」で新宿で食べることが出来たら・・・。
その思いがぼたん海老、海水ウニなどの北海道産の食材を新鮮なまま提供することを可能にしました。
魚屋を自社で持つ政寿司だけが出来る「即日到着の特別空輸便」です。